沖縄の経済は、しばしば「基地経済」「公共事業依存」「観光立県」といった短い言葉で説明されます。

どれも沖縄の一面を表していますが、一つだけで全体を捉えることはできません。戦後の米国統治下で形成された基地・輸入・サービス中心の構造に、1972年の日本復帰後の社会資本整備と財政制度が重なり、その上で観光、商業、物流、情報通信、医療・福祉などが拡大してきました。

この記事で見えてきたこと
現在の沖縄は、県内総生産の約86%を第3次産業が占めるサービス経済です。基地関連収入の所得比率は復帰時より大きく下がりましたが、土地利用への影響は残っています。公共投資はインフラを整え、観光や物流の土台になった一方、これからの経済を考えるには、産業の規模だけでなく、賃金や県内に残る付加価値を見る視点も加わります。

現在の沖縄経済を五つの数字で見る

まず、現在地を表す主な統計を並べます。

指標 公表値 年度・注意点
名目県内総生産 4兆6,430億円 2023年度
第3次産業の構成比 約86% 2023年度、3部門を再集計
入域観光客数 1,093万5,800人 2025年度、過去最多
観光収入 9,821億円 2024年度、旅行者の総支出
米軍基地関連収入 2,712億円 2019年度、県民総所得の5.5%
沖縄振興予算 約2,647億円 2026年度

ここで最初に注意したいのは、年度と統計の意味がそろっていないことです。

県内総生産は、県内で新しく生み出された付加価値です。観光収入は旅行者が宿泊、飲食、買い物、交通などに使った総額で、仕入れなどの中間投入を含みます。基地関連収入は県民総所得に対する比率、沖縄振興予算は国の予算です。

これらを足して「沖縄経済の何割」と計算することはできません。それぞれが異なる角度から経済を映す数字です。

戦後の出発点は、基地だけでなく通貨と貿易にもあった

1945年の沖縄戦後、沖縄は日本本土とは異なる制度の下で復興しました。

1946年にはB型軍票、いわゆるB円による貨幣経済が再開し、1948年には琉球銀行が設立されました。同じ年には、価格統制を受けない取引を認める「自由企業制度」が導入され、商業、運輸、保険などの企業が立ち上がります。

1958年にはB円から米ドルへ移行しました。基地需要に加え、輸入品を扱う商業やサービス業が広がる一方、島外から商品が入る経済の中で、地元の製造業は大きな集積をつくりにくい環境にありました。

基地は軍雇用、地代、調達需要を生みましたが、農地や市街地を占有し、住宅、道路、商工業に使える土地を制限する面もありました。所得を生む側面と、別の土地利用を選べない側面が同時に存在していたことになります。

1972年の復帰は、経済の仕組みを変える転換だった

1972年5月15日の日本復帰は、通貨がドルから円へ変わっただけではありません。

税制、社会保障、労働法、地方自治、企業制度などが日本の仕組みに接続されました。同時に、道路、港湾、空港、上下水道、学校、医療といった社会資本の差を縮めるため、沖縄独自の振興制度が始まります。

沖縄振興は、単一の補助金ではありません。国の予算一括計上、高い国庫補助率、県や市町村が事業を選ぶ一括交付金、税制優遇、沖縄振興開発金融公庫による政策金融などの組み合わせです。

政策の中心も変わってきました。

時期 制度・産業の主な変化
1945〜1950年代 米軍統治、B円からドルへ、基地・輸入・サービス中心の構造形成
1972〜1990年代 日本復帰、社会資本の整備、建設業と行政サービスの比重が高まる
2000年代 観光、情報通信、物流、民間主導の経済を政策目標に追加
2012年以降 一括交付金、基地跡地、離島、科学技術などへ対象が広がる
2020年代 観光回復、DX、研究開発、文化、既存インフラの維持更新も焦点に

初期の公共投資は、民間経済と対立するものではありませんでした。空港や道路、港湾、水道が整ったことで、観光、物流、都市サービスが広がる条件もつくられました。

農業から製造業を経ず、サービスへ重心が移った

沖縄経済の長期変化で特徴的なのは、農林水産業が縮小した後、製造業が経済の中心になる期間をほとんど挟まず、サービス業へ重心が移ったことです。

県内総生産を第1・第2・第3次産業に組み替えて比べると、次のようになります。

年度 第1次産業 第2次産業 第3次産業
1972 約7.1% 約27.2% 約65.7%
1990 約2.9% 約19.1% 約78.0%
2000 約1.8% 約16.0% 約82.2%
2010 約2% 約11% 約87%
2023 約1.0% 約13.0% 約86.0%

1972年には県内総生産の10.9%を占めた製造業は、2023年度には約4.3%。建設業も16.4%から約8.2%へ下がりました。

ただし、この表は完全に同じ物差しでつながった時系列ではありません。国民経済計算の基準や産業分類が途中で変わっているため、小数点以下の差よりも、長期的な方向を見るための数字です。

働く人の割合と、付加価値の割合は同じではない

2023年度の就業者数と県内総生産を比べると、産業ごとの違いが見えてきます。

産業 就業者の割合 県内総生産の割合
農林水産業 4.1% 1.0%
製造業 4.6% 4.3%
建設業 9.9% 8.2%
宿泊・飲食サービス 8.6% 4.8%
公務 6.7% 9.9%

宿泊・飲食サービスは、働く人の割合に比べ、付加価値の割合が低くなっています。これは働く人の価値が低いという意味ではありません。価格設定、労働時間、季節変動、仕入れ、業務効率などが組み合わさった産業構造の数字です。

観光客数や雇用者数だけでなく、一人・一時間当たりにどれだけ付加価値が生まれ、それが賃金や地元企業の利益として県内に残ったかを見ると、暮らしとのつながりを捉えやすくなります。

基地関連収入は低下したが、土地の問題は残る

沖縄県の推計では、2019年度の米軍基地関連収入は2,712億円でした。

内訳 金額
軍雇用者の所得 540億円
軍用地料 881億円
米軍などへの財・サービス提供 1,127億円
その他 163億円
合計 2,712億円

県民総所得に占める割合は、復帰時の15.5%から2019年度には5.5%へ低下しました。現在の沖縄を、所得面だけから「基地経済」と呼ぶのは実態に合いにくくなっています。

一方、所得比率が下がったことと、基地による影響が小さくなったことは同じではありません。人口や事業所が集中する中南部では、基地が都市を分け、道路や住宅、商業、公共施設の配置に影響します。

那覇新都心では、返還前の地代や軍雇用などによる直接的な経済効果が年間約52億円だったのに対し、返還後は約1,634億円と推計されています。

ただし、この差をそのまま「返還の純利益」と読むこともできません。返還後の数字には、道路、公園、公共施設、住宅、商業施設への大きな投資が含まれます。都心の事例を、立地の異なるすべての基地へ当てはめることもできません。

ここから分かるのは、基地を経済面から考える際に、現在の収入だけでなく、土地を別の用途に使った場合の可能性も合わせて見る余地があるということです。

沖縄振興予算と県財政は、重ねて足せない

2026年度の沖縄振興予算は約2,647億円です。内訳には公共事業関係費、一括交付金、OIST、離島活性化、交通コスト低減、基地跡地の先行取得などが含まれます。

一方、沖縄県の2024年度一般会計決算では、県税が歳入の18.4%、国庫支出金が21.8%、地方交付税が26.8%でした。国庫支出金と地方交付税を合わせると48.6%です。

2024年度県一般会計の歳入 構成比
県税 18.4%
地方交付税 26.8%
国庫支出金 21.8%
県債 3.6%
その他 29.4%

ここでも、沖縄振興予算、国庫支出金、地方交付税を単純に合計することはできません。国が直接実施する事業、県を通る事業、市町村へ交付される事業があり、同じ金額を二重に数える可能性があるためです。

また、地方交付税は沖縄だけの制度ではなく、行政サービスを支えるための全国的な財政調整です。沖縄独自の高率補助や一括交付金と、全国共通の地方財政制度は分けて見ると整理しやすくなります。

観光客は過去最多、観光収入はGDPではない

2025年度の入域観光客数は1,093万5,800人で、年度として過去最多になりました。最新の確定観光収入である2024年度は9,821億円で、こちらも公表時点で過去最高です。

観光は宿泊だけでなく、飲食、小売、航空、船、レンタカー、文化体験、レジャーなどへ広がります。そのため県民経済計算には「観光業」という一つの産業分類がありません。

同時に、観光収入9,821億円を県内総生産4兆6,430億円で割り、「観光が沖縄経済の約2割」と結論づけることもできません。観光収入は総支出で、県内総生産は中間投入を差し引いた付加価値だからです。

観光が暮らしへどうつながるかを見るには、客数に加えて、滞在日数、一人当たり消費、県内調達、賃金、季節による仕事量の変化、自然や文化への負荷を合わせる見方があります。

文化は小さな産業であり、大きな経済資産でもある

沖縄の工芸、芸能、食文化、首里城などは、単独の生産額だけでは測りきれない役割を持ちます。

県の計画によると、2019年度の伝統工芸産業は生産額約36.6億円、従事者1,661人、事業所728でした。製造業全体や観光収入と比べれば規模は小さいものの、ホテル、飲食、土産品、デザイン、文化体験、地域の景観などへ価値が広がります。

観光客が増えれば、自動的に文化の担い手が増えるわけではありません。販売額だけでなく、技術を受け継ぐ人、原材料、制作時間、適正な価格、地域の参加といった数字に表れにくい条件もあります。

文化を「観光資源」としてだけでなく、地域で継承される営みとして見ることが、経済との無理のない関係を考える手がかりになります。

「自立した経済」を何で測るか

沖縄経済の自立を「国から資金を受け取らない状態」と定義すると、離島の交通、災害対応、全国的な地方交付税、安全保障政策に伴う負担といった異なる問題が一つに混ざります。

暮らしに近い指標としては、次のようなものがあります。

  • 県外から得た売上のうち、県内に残る付加価値
  • 働く人の賃金と労働時間
  • 地元企業からの仕入れや域内調達率
  • 県税を支える民間部門の所得と利益
  • 若い世代が選べる仕事の幅
  • 研究開発、専門サービス、文化産業などの雇用
  • 自然、文化、都市環境を損なわずに続けられるか

公共投資、基地、観光の金額を比べるだけでは、こうした変化のすべては見えません。経済の規模が大きくなることと、その成果が暮らしへ広がることを分けて確認する視点が加わります。

依存先の交代ではなく、構造が重なってきた歴史

戦後の沖縄経済は、「基地から公共事業へ、公共事業から観光へ」と依存先が順番に入れ替わった歴史ではありません。

米国統治期の土地、通貨、貿易の仕組みがあり、復帰後の社会資本と財政制度が重なり、その上で観光や都市サービスが成長しました。現在も、それぞれの影響は異なる形で残っています。

基地関連収入の比率は下がりましたが、土地利用の影響は続いています。観光は過去最大規模になりましたが、客数や総支出がそのまま賃金や県内の付加価値になるわけではありません。公共投資は経済の土台をつくりましたが、整備後の維持や使い方も同じテーマに含まれます。

沖縄経済を捉えるとき、どの産業が一番大きいかだけでなく、県内に何が残り、どのような仕事と暮らしにつながったかを見ると、これからの変化を考えやすくなります。

主な出典

本記事は、沖縄県、内閣府、外務省、沖縄県公文書館の公開資料を基にDEEJI編集部が整理・計算した調査記事です。年度や統計概念が異なる数字を単純に合算せず、長期統計の基準変更も踏まえて記述しています。